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  03 ,2007

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16

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男にとっては楽しくても、女にとってはつまらない話!
「男にとって楽しくても、女にとってはつまらない話!」

ある日の事
後輩がヘラヘラと笑いながやって来た。
「●●って包茎なんですよ!」
何の脈略のない話だったので、特に 耳を貸さずその場をやり過ごした。
しかし、その彼は、いつまでも 一人でウケまくっていた記憶がある。

数日後、地方遠征で、子供向けのショーへ行く事になり、
メンバー表を見ると、噂の包茎●●君も一緒だった。

現場初日の夕方
仕事が終りメンバー全員で、一階の大食堂へ向った。
夕食は一般の宿泊客と一緒なので、昼間、大熱狂していた子供達も沢山いて、
ワイワイガヤガヤ!とても賑やかな食堂だった。

食堂の正面では、60歳代前半と思われる支配人が、
子供達を飽きさせない為に、手品やクイズを一人で行なっていた。
一通りの出し物が終わると、その日の大イベント、ビンゴゲーム大会へと突入した。

興奮した支配人は、マイク片手に
「今日は、みんなの大大だ~い好きな、お友達が、ここへやってきますよ!さて、だ~れだ?」
子供達は口々に「仮面ライダ-!」「ウルトラマン!」などと答えていた。

支配人は
「残~念っ!でも、今日は、みんなの事が、大、大、だ~~い好きな、トラ君がやって来ま~すよ!」
強引な展開に、子供達は黙り、期待半分、不安半分と言った感じだった。

「それでは、今からおじちゃんが、皆のお友達、トラ君を呼んで来ま~~す!
良い子のお友達は、ち~ゃんと、自分のお席に座って、待って下さいね~~!」

そう言い残し、小走りに会場を出て行っまま、
5分以上経っても、一向に戻ってくる気配は無かった。

そんな事も忘れかけた頃
食事を終えたメンバー達と、その場を後にした。

表の廊下へ出てすぐ横に、従業員用の、仮設物置きがある。
そこは、病院と同じ布製のパテーションで仕切られて
中が見えないように工夫されていたが、所々が 破れているので、
中の様子がよく見ている。何げに目をやると、一匹のトラが…!
前かがみで モゾモゾとしていた。

トラの背中のファスナーに紐をつけ、自分で締めようとしたら、
シャツを一緒に巻き込んで、ビクとも動かなくなっていた。
その状態では、着る事も脱ぐ事もできない。

手製のグリップ付きの長い紐が 足元に丸まって落ちていた。
その紐を自分で踏みつけているものだから 見つかるはずがない。
助けも呼べず、背中に手を回したり 足元を見回したり...。
そんなトラ君の正体は、例の支配人だった!

「トラ君を呼びに行く」と言ったまま
いつまで経っても、戻ってこれなかった理由が分かった。

見てはいけない所を見てしまって 悪いような気もしたが、
即座にパテーションの中へ入り、着替えを手伝う事にした。

「昼間のショーの者です」と声を掛けると、トラは振り返えり、
何度も何度も深々と頭を下げてお辞儀をしてきた。

トラの顔は大きくてかさばるので、じっとしていて欲しかった。
お陰で何度、頭突きを食らった事だろう。

トラの着ぐるみは、かなり年季が入っている。
全身ボロボロで、顔や体に、手垢やほころびを修正してた後がいくつも残り、
シマ模様は、黒スプレ-で、幾度も塗り直した跡がある。

トラ君は『支配人の18番で宝物!』
長年、大切に扱っているに違いない!

ようやく難を脱したトラ支配人は、水を得た魚のように演技に入った。
60歳を越えているとは思えない、はしゃぎ様で、周りの物をひっくり返しながら、
子供達の待つ会場へ急ぎ足で向かっていった。

支配人は 司会から手品師!クイズ大会のおじさん、
着ぐるみ&プレゼンテーター…etc!
何でも一人でこなす『エンタティナー』だった。

翌日
ショーの合間に、園内を歩いていたら
木陰で休憩をしている支配人を見掛けた。

若くて、気の弱そうな 地元の学生アルバイト風を一人連れ、
その彼と交互に「トラ」になって、園内を回っていたようだった。

支配人は、学生アルバイト相手に、一生懸命、演技指導を行なっているが、
着ぐるみを身に着けていない支配人の おどけたり、すねたりする姿は
見れたものではなかった。

顔の表情までつけて演技をするので、
見てはいけないものを見てしまった気分になった。

学生アルバイトも同じ気持ちだったと思う。
支配人とは、一度も目を会わさずに
 小声で「ハァ…ハァ」と答えているだけだった。

しかし、支配人のパークを支える心意気や、お客様に楽しんで頂こう
と思う、努力や情熱は、こちらにも伝わって来る。

・・・後半へつづく!

仕事が終わり、その夜の出来事
ここの宿泊客は、昼間園内で遊んでいた家族で大賑わい。
午後11時を過ぎると、ようやく一段落、風呂も貸しきり状態となった。

浴室の戸を「ガラっ」と開けると、白く曇った蒸気の中、
例の後輩●●君が立っていた。

洗面器を小脇に抱え、腰に手を当がい仁王立ち
「うぃ~すっ」と偉そうに挨拶をして来た。

「包茎」の2文字が頭を過ぎるが・・・
目をやると彼は、包茎ではなかった!

「俺は剥けてますよ!」と言わんばかり、鼻の穴を大きく開き、
息を吸い上げたような、ふてぶてしい表情が伺えた。
名誉挽回の為に、体も洗わず浴室内をうろついていたのだろう。

浴室の角に重ねてあった洗面器と椅子を取り、一列横並びの蛇口で、
お湯を汲んで浴びると、それは、想像以上に熱かった。

「熱っ!!」そこで閃いた!
「冷えた体に、このお湯を掛ければ、かなり効くだろう」と!

早速、洗面器に冷水を汲み、隣りで頭を洗っていた後輩の頭から被せてみた。
期待通り、後輩は、悲鳴に近い声を張り上げてくれた!

間髪入れず、お湯を被せてみると、その温度差に絶えられず、
絶叫が浴室内に轟いた!

「何、するんですか!」と言うので「修行だ」と言い返し再び水を被せた。
それがキッカケで、全員で冷水と熱湯の浴びせ合いが始まった!

ある者は浴槽の中に非難していたが、そこに向かって、回転で飛び込み、
水しぶきを大きく上げている者も居る。

そうこうしていると、排水溝が詰まってしまい、浴場は大洪水となってしまった。
辺りは真白に曇り、まったく見通しが利かない。何処に誰が居るかも、わからない。
この、ドキドキ感が、また、たまらなかった。

霧の中で、悲鳴と叫び声と、浴槽で溺れかけた者の、
むせた激しい咳払いが、こだましている。

何を思ったのか?
今まで静かに頭を洗っていた後輩が、急に立ち上がり、
フリスビーのように洗面器を投げると
「ガチャーン!」と音を立てて、展望ガラスの一部が割れた!

それを機に、全員の動きが止まり、遊びは終了。
さすが、ガラスを割っては、洒落にならない。

「拾え!」と命令して、散らばったガラスの破片を、
全員で丹念に取り除いた。

次第に室内の温度が下がってきたのか、
モヤが消え始め、見通しも良くなってきた。

浴槽に沈んだ、ガラスの破片をさらに探しながら、
何気に横に目をやると、

さっきまで剥けていたはずの後輩●●君のチ●コの皮が、
熱気でふやけて元に戻っていた。

それを悟られまいと、彼は、親指で一度触れ
その後、片手で剥いた動きをした事を、見逃しはしなかった!

「あっちの方は、大丈夫ですかね?」
目をそらせる為に、白々しく言いやがった。

そうして人目を反らし、皮を剥く動きを、
2回ほど繰り返していたのを、知っている。

あの野郎、あらかじめ皮を剥いて風呂に入りやがった!
もしかして、アロンアルファーで皮をとめていたかもしれない。
アロンアルファーは、お湯に弱いから「ざまあみろ」だ!

最初に見せた、あの誇らしげな顔が、今でも憎らしく思える。
数日後「真性包茎ではなかったので●●は格上げですね!」
と後輩が言った。

そんな、5月のアニバサリー!

彼は今、何処で何をしているのだろう!

人伝に聞いた所、結婚して子供もいるらしい。
自分の皮が、コンドームの役目をして子供がなかなか出来なかったと、
風の便りで聞いた事がある。

(イメージ画像)もっと広い風呂だった/トラはこんなに可愛くない

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テーマ : ▼どうでもいい話    ジャンル : 日記

15

Category: コラム

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コミック雑誌はいらない
70年代に一世風靡した ロックバンド 『頭脳警察』の名曲である。
このタイトルにちなんでは・・・いないが、体験談を一つ。


▼仲間数人と楽屋で話をしていた時の事!


仲間の一人が「俺は、エロビデオを借りた事がない!」と言い出した。
しかし、誰一人として、その発言を信じる者はいなかった!

やがて、周りからの執拗な追求に
「借りないけど、中古を買いに行く!」と白状した。

「やっぱりね!」

値段は3 本~5 本でおおよそ500円程度だと言う。

「先月は、セールで5本300円でした!」
「200円浮いたから、今月はもう少し…やっぱり貯金しよう!」
嬉しそうに語った。 几帳面にも出費計算までしているのだ。

「どうして、借りずに買うのか?」

それは…

「レンタルビデオを利用すると個人情報が残るから!」だそうだ。
しかしそれは「知らぬが仏」だったりする。

その手の店には 必ず防犯カメラが設置されていて、
彼の一部始終は、防犯カメラにしっかりと録画されているのである。
録画された物は「数ヶ月~1年以上保存される」と聞いている。

一度でいいから、その馬鹿っ面を見てみたいものだ!


▼『2001年のある日、大事件は起こった!』


連休明けに、彼と出会ってびっくり!

手足は白い包帯で何重にも巻かれ、
その隙間を埋める様に絆創膏が何枚も貼られていた。 
それでも隙間から、痛々しい傷跡が見え隠れしている。

「どうしたんだよ、それ!」

交通事故にでもあったのか?と心配すると、
「エロビデオを買った帰り道の出来事で...」と語り始めた。

カミさんが帰ってくる前にビデオを見ようと
自転車で疾走していたらしい。

大正橋(大阪)の下りに差し掛った時、事件は起きた!

乗っていた自転車に原因不明の急ブレーキが突然かかり、
その衝撃で前籠に入っていたビデオと共に、宙高く前方へ放り出された。

大粒の雨が降るような音と共に、ビデオが地面に散らばると、
続けて彼の体も肩首あたりから潰れるように激しく落下した。

しかし、その勢いは止まらず。
もんどりを打ちながら、橋の欄干目掛け突進!
背中から激しく激突して止まったらしい!

遠くから女子高生らしき人物数人の高らかに笑う声が響いたと
絵に描いたような光景に嘆く。

川に転落する、大事故には至らなかったが、
服は破れ血がにじみ傷だらけになった!

全身に激痛が走る。

無理をしてでも起き上あがり、地面に散乱したビデオを拾い集めた。

紙袋は透明になるほど、擦り切れ、
よく見ると雑巾を絞ったような、
幾何学的な模様が出来上がっていた。

通常では起こりえない、ねじれ方だ!
破れた穴から残ったビデオがはみ出して、女優が微笑んでいたそうだ。

倒れている自転車を起こし乗ろうとした時、彼はさらに愕然とした。

車体が縦に「くの字」に折れ曲がり、前輪と後輪の巾が狭くなっていた。
サドルが鋭角に持ち上がりその先端は、イチジク浣腸ように空を向いていた。

体裁を保つために平素を装い、強引に自転車をこぐと股間にサドルが強く張り付き、
尻は突き出し、脇が開いて前のめり。 スキー初心者のような格好になった。

・・・この理解しずらい説明を、手振り身振りで伝えてくれた。

翌日、近所の自転車屋へ修理に行くと
「これは、もう直らない、こんな変形は始めて見た!
 危ないから、早く買い換えた方がいい!」などなど忠告を受けたらしい。

当たり前だ!

余計な出費で当分ビデオは買えない。


▼「なぜ、このような不慮の事故に見舞われたのか…」
 
「俺の何が悪いのか?」

彼は原因を追求しながら、自問自答して何度も首をかしげていた。


>その答えは簡単だ!

「ご先祖様は、いつも見ている! 生活を戒めさせる為の啓示なのだ!」

そんな冗談を言うと、

「親みたいな事言わないで下さい。」と真顔で訴えてきた。

「頭脳警察」の詩が頭を過ぎった。
「俺には、コミック雑誌はいらない。俺の周りには、笑いが溢れているから!」



奥に見えるのが 大阪 大正橋

12

Category: コラム

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オレンジ色の夕日(最終話)


サービスエリアを出た辺りから、急に交通量が多くなってきた。そして長い長いトンネルへと入って行った。

トンネルは雨風が凌げるので、暖かくて走りも快調になるはずだった・・・が、今度は排気ガスの充満で、序々に息苦しくなってきた。

所々で、数台の車が固まって停車している。路側帯と狭い車の隙間を縫う様に前進した。バイクのハンドルの幅は1mあるので、横の車に接触しないようにとても気を使った。

渋滞が一時的に解消される場所では、周りの車とスピードをあわせなければならない。この調子で「急ブレーキを掛けたら、間違いなく転倒するだろう。そう考えながら、何が起きても確実に止まれるように有効な車間距離を常にキープしていた。



予感は当たった。先方の車の群れが、一斉に急ブレーキを掛け始めた。

薄暗いオレンジ灯のトンネルは、車の群のテールランプで真っ赤に染まった。即座に何度も分けてブレーキ操作した。狙った停車位置を少しオーバーしたけれども、前方の車2m程手前で停車した。

そこから先は大渋滞。どの車も全く動かなくなった。「きっと、前方で事故が起こったのだろう!」もし「そうだとしたら、手伝わなければならない。」そう思いながら路側帯を使ってさらに前へ進むと、すぐにトンネルの出口が見えてきた。見渡す限りは何処にも事故が起こった様子がなかったのでホッとした。

トンネルを抜けると序々に渋滞は解消され快適な走りに戻った。雨は完全に上がっている。「今日1日、こんな天候だったら良かったのに!」そう思った。「やっと、着く!」「海南インター出口」のサインが目に飛び込んできた。サービスエリアを出てからここ迄、約15分程度。渋滞が無ければもっと早かったに違いない。



道なりに大きくグルッと弧を描きながら進むと、やがて出口の料金所へと辿り着いた。そこのおじさんは、ズブ濡れになった姿を見て、笑いながら「大変だったね、何処から来たんだ?」と話し掛けて来た。

おじさんの質問に答えながらレインコートを捲り上げ、チケットを取り出そうとしたが、何処にも見当たらなかった!ポケットじゅうあちらこちらと捜していると、後ろに車数台が並んでしまった。仕方なく、始点の御坊インターから乗った事を伝えると「いいよ、いいよ!」と笑顔で答えてくれた。

結局チケットはジーパンのポケットの底から、丸まって小さなダンゴ状になって出てきた。それを広げて1枚にする事はもう出来ない。料金所のおじさんはさらに笑っいながら、その濡れた「紙ダンゴ」受け取ってくれた。

料金を払っていると、前の方から50歳代のお母さんがタカタカと走ってやって来くる。何事かと思ったら「貴方が連絡してくれたんだ、ありがとう!」と笑いながら話し掛けて来た。何の事だかさっぱり分からなかったので聞き直すと、どうやらトンネルの中で車が壁にぶつかった人だと言う事が分った。そのおばさんがどこも怪我をしていなかったので一安心。

おばさんと一緒に壊れた車を見に行くと、左前がかなり潰れていて、もう少しでフェンダーとタイヤがくっ付きそうになっていた。しかし、ハンドルを切っても5cm程の隙間があったので、修理工場まで走るのには問題はなさそうだった。

そうこうして、15分くらいは立ち話をしていただろう。東京と違って、あちらこちらで話しかけられる、そんな関西の土地柄がとても好きになれた。

 

料金所を出て直進した後は、突き当りを左に曲がる。コの字型に進めば8階建ての黄色い壁の寮が目印になる。今日から、そこが自分の家になるのだ。

寮は、東京の部屋のように広くはないけれども、住み心地はとても良さそうだった。2週間ほど前に一度、荷物を運びにここへ来ていた。

その時、部屋にダンボールを積み重ねたままだったので、まずはそれを方付けないとならない。寮の駐車場に着くとバイクのエンジンを切ってヘルメットを脱いだ。正面の空を見上げると空にはオレンジ色の夕日が力強く輝いていた。やっと晴れた!

そのまま表へ回り、寮長に挨拶をすませると3階の部屋の入り口まで案内してもらった。「もう風呂に入れるよ」と言うので、部屋に荷物を置き、すぐに2階の大浴場へ向かった。

一番風呂だった!部屋に風呂がない生活なんて今まで考えられなかったけれども、そうでもなさそうだ。誰もいない大浴場の浴槽へ深く沈み思いっきり足を伸ばしてみた。冷えた体が心底温まる。天井近くにある細長い曇り窓ガラスから、濃いオレンジ色の夕日が強く差し込んでいた。何か良い事がありそうな気がした!その予感は当たっていたのだ!

それから半年間、和歌山の生活はどれもが鮮明に深い思い出となって残るっている。決して、良い事ばかりとは言えなかったけれども、もし、もう一度過去に戻れるとするならば、この半年間を選ぶだろう。もう一度この半年間をやってみたい。

その年の夏に差し掛かる頃、そこの契約が終わった。そしてまた、荒波に放り出され、何の当てもなく大阪へ向かった。目標はUSJに合格する事のみだった。

お陰さまで、翌年の2月にUSJに入る事が出来た。ここでも良い事も悪い事も色々経験出来た4年間だった。ここの契約を終わらせて1年間ロスアンゼルスで生活をして、そして現在東京へ戻った。また振り出しに戻ったような気がする。しかし、これでいい!また新しい人生を作り出すだけだ!



(あとがき)この後も、機会があったら、いつの日か書いてみようと思います。

11

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パーキングエリア(連載11)


山間部を通り抜けると、再び、観光地の海岸線に出た。相変わらずの雨は降り続いていた。「もう半分以上は来ているはずだ。」交通量も多くなってきている。賑やかなドライブインの土産物屋を横目に「いつか、余裕が出来たらここへ来てみよう!」そんな風に思う余裕が出てきた。そこは、白浜の辺りだった。

(当時は、この看板ではなかった)

高速道路のサインを発見!そして、「御坊(ごぼう)」と書かれている矢印の方向へ曲る。暫く進むと「私道ではないか?」と思える程の狭い道に入ってしまった。やがてそこは、段々畑のような新興住宅街になって行った。

「こんな場所に高速道路があるのだろうか?」不安が胸を過ぎった。排水溝が、まだ完備されていないので、道路が大洪水で川になっていた。そこを、水を前輪で2つに割りながら突き進む。さらに浸水は深くなり、バイクのステップ辺りまで浸水していた。

とにかく、(バイクの)「マフラーに水が入らないように」クラッチを切りながら、アクセルスロットを多めに回した。「こんな所でトップしたら、またややこしくなる。」足が水の中に漬かるのも嫌だ。

暫くは両足を上げて運転していたが「どうせ濡れているし!」そう開き直る気持ちが湧いて来ると、つま足を水の中へ入れてみた。すると、重く引き摺る様な抵抗が、太腿の付け根に心地よく伝わってきた。

「何だか楽しい!」長時間バイクに跨っていると、あちらこちらの関節が凝り固まってしまうので、丁度良いマッサージになった。その後、何度も水中に足を突っ込んで、水飛沫を上げながら走った。「これは面白い!」水飛沫がバイクやレインコートの汚れを落としてくれる。しかし、あまり調子に乗っていると転倒する事もあろうと、適当な所で止めておいた。

子供の頃は、楽しいと思う事には後先考えずに行動した。

3歳の時だった。雨上がりに出来た大きな水溜り、勢いに任せて自転車で走り抜けると、派手に水飛沫が飛び散る事が、とても楽しかった。エスカレートすると、今度はわざと転んで見せて友達を笑わせた。

その日、母方の祖父が家に遊びに来ていた。髪の毛からつま先まで、全身ズブ濡れになった姿を見て「でかしたぞ!」と笑顔で頭を撫でてくれた。何故だか嬉しかった!しかし、小学校低学年の頃に同じ事をやって、父親にこっぴどく怒られた。その時に言われた事や怒っている表情を未だに覚えている。

以前、出演していたショーでは、バケツに水を汲んでゲストに思いっきり被せていた。人に水を掛けて喜ばれるなんて、幸せ極まりない事だった。時に、その量がとてつもなく多い時もある。気をつけていないと、感覚が麻痺してしまい、いつの間にか「このぐらいは平気だろう!」とどんどん水の量が増えて行ってしまうのだ。

自分自身は、遊びに行って濡れる事を絶対にしない。むしろ、濡れないように気を付けている。相反して、ショーを見に来るゲストの方々は、自から進んで水を被りにくる。暖かい季節の日中ならまだしも、凍えるような真冬の寒い日でも、構わず水を被りに来てくれる。

そう仕向けるのも、こちら側の演出でもあった。ショーを盛り上げる為には、誰か犠牲者が必要なのだ。「まさかやらないだろう?」をやるからウケる。

しかし、本音は「風邪を引くのではないか!」と気が気ではなかった。終わった後に、ニコニコしながら「ぬれたよ~!」と話しかけてくれる人がいると「ホッ」とする。

このようにして、勇敢なゲストのお陰でショーは毎回毎回大盛況!お客さんにはとても感謝していた。きっと、帰りの電車の中では「あの人は、何故あんなに濡れているのだろう?」と後ろ指を指され不思議がられていたに違いない。それを想像すると笑ってしまう!

話は戻り・・・大きな雨粒が顔を叩きつけて来るので、まともに目を開けられなかった。真正面を見ながら走る事はとても困難なので「住宅地をどう走ったのか?」そのコースの記憶がとても薄い。

途中途中の空き地に建てられた手書きの「高速道路」と書かれた矢印を見ながら、ターンを何度も繰り返すと、ようやく高速道路の入り口へ辿り着く事が出来た。

とても長い道のりだった。ゲートの発券械からチケットを抜き取ると、レインコートの裾を捲り上げ、ジーパンのポケットにそれを押し込んだ。そして、再びバイクを走らせた。



高速道路では、一般道よりもスピードが必要だ。しかし、悪天候の為、スピードは60Km~70Km程度に控えた。それでも顔に受ける雨は、さっきに増して痛い。タイヤを水に取られてスリップしないように最善の注意を払いながら進んだ。時折、後ろからもの凄い勢いで水しぶきを上げて車が追い抜いて行く。その度に水飛沫の餌食となった。

にわかな霧が、前方の景色全体を包んでいた。山間部を橋渡している大きな坂道は特に絶景だった。長い下り坂を走っていると、その勢いで宙に舞ってしまうようかの様な錯覚を起こす。それが、とても気持ちが良く感じていた。30分も走ると、やがてサーピスエリアのサインが見えてきた。

 

サービスエリアに辿り着くとエンジンを切った。マフラーやエンジンから水蒸気が上がっている。行き交う人達が、通りすがりついでにこちらをジロジロと見てゆく。この濡れ方では当たり前だ。ヘルメットの中にも水が侵入していた為に髪の毛が全部、頭に張り付いてデパートのマネキン人形のような髪形になっていた。

パーキングの建物の中には、お土産コーナーと隣接せに小さな食堂がある。厨房から立ち込める水蒸気が客席の窓ガラスまで真っ白に曇らせていた。

安っぽい椅子とテープルが数脚の並んでいて、壁の時計は小学校時代、教室にあった物とそっくりだった。その時計が狂っているのは時間だけではない。壁に曲がった状態で掛けられているので、12時が綺麗に天井を向いていなかった。

到着予定時刻が大幅に遅れていたので、これから世話になる会社のオフィスに連絡を入れ、現在いる場所を伝えた。連絡を終えた頃、注文した「そば」が出来上がった。カウンターまで取りに行く。

念願の、温かい「そば」をやっと食べる事が出来る。関西の「そば」や「うどん」は東京の茶色い汁と違い、白い色をしている。これがまた美味しくて今でも大好物だ。

どんぶりの中では、かき揚げの油が細かく輪を作って広がり、所々が虹色を描いていた。少し油っぽいかも知れないけれども、今は、これが食べたい!

机上の割り箸を手に取ると、湿気で柔らかくなったような感触があった。箸を2つに割ると上手く等分されずに、片側が細く、もう一方は太くなって、おまけに片側の箸に千切れ損なった木のつるのがぶら下がっていた。それを取り払い灰皿へ捨てた。暖かい「そば」は冷えた体を心から温めてくれる。唇が油っぽくなったけども、それがとても美味しく感じられたのだった!

外に出ると、灰色の雲は所々が割れ、隙間から強い光が何本も差し込んでいた。その隙間から見える赤みを帯びた空がとても綺麗で印象深い。太陽を感じるのは、今朝、船上のデッキから見た時以来の事だった。「もう少しで晴れる!」そう思った。

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ホテルレインボー2(連載10)
長湯のせいで指先や足が完全にふやけてしまった。おまけに全身の血が騒ぎ所々が痒い!

サウナの中に干してあった服や靴が気になって玄関へ行くと、サウナの中は生ぬるく暖まっているだけだった。当然、服や靴が乾いているはずがない。「温度設定が低かったのか?」そう思い再びコイン数枚を投入した。靴を持ち上げると、中の水が全部つま先の方に溜まっていた。再び靴をひっくり返して水を抜いた。帰り際に気が付いたのだけれどもサウナは壊れていたのだった。

玄関に居ると、外が雨だと言う事がよくわかる。雨は一向に止む気配が無い。

手足の感覚は、まだ完全には回復していなかった。やがて全身が鉛のように重くなり強烈な睡魔が襲ってきた。長時間、寒い中をバイクで走る事は想像以上に体力を消耗してしまうものだった。

「腹がへった!」眠かったり、腹が減ったりととても忙しい。部屋に戻って軽食用の販売機を眺めながら、ソファーに身を投げた。

ソファーのスポンジが死にかけていたのだ!クッションの反発を感じる事も無く深く沈むと底にの土台の棒に当って「バキッ」と大きな音が部屋じゅうに鳴り響いた「痛ーっ!」

ソファーとベッドと間の壁際に両替機が設置されている。小銭はサウナで全部使い切ってしまったので、新たに両替しようと財布を取り出した。しかし、どの札にも水が染み込んでいて、財布の中にペッタリとくっ付いている。破れないように「そ~っ」と取り出すと、一枚一枚を剥がすようにゆっくりと広げた。このままでは使えない。玄関に行き、靴を乾かしていたドライアーで熱風を当てた。

数枚ある中の一枚の千札を完全に乾かし、残りの生乾きは、部屋のガラステーブルに綺麗に貼り付けて並べた。

ガラステーブルの上には、大人のおもちゃの派手なチラシが置かれていた。それら全部、丁寧にラミネートされていたがどれを見ても印刷が下手で三流広告のように印刷はくすんでいる。「●●●¥15000-」「こんなチラシをいちいち丁寧にラミネートしなくても良いのに」そう思った。きっとパソコンで作った自作であろう!

このホテルは、何処かのバランスが極端に崩れている。そして、オーナーのセンスも伺えるような気がする。土着性の強い昭和のポルノ館と言った感じだった。



軽食の販売機には、カップラーメンが¥500!おにぎりが¥600!ジュース類は¥300!スナック菓子がどれも¥250を超えている。
どれを見ても、通常の店で売っている物よりも小さくて少量である。

高過ぎる!何もかもが高すぎる!それでも空腹に負けて、その大半の物を買い込んでしまった。どれも美味しく感じた事がとても悔しい。中途半端に食べると余計に腹が減る物で、次から次へと買い足してしまったのだった。

黙々と一人で食べているのも寂しいので、TVを付けた。するとこれがまた映りが極端に悪い。室内アンテナをあちらこちらに移動してみても全く効果は無かった。

ついに睡魔がピークに達してきた。この眠さで外を走る事は出来ない。「1時間ほどここで仮眠を取ろう」そう思ってベッドへ潜り込むと、今度はシーツの、のり付けがキツ過ぎて酷くザラザラしていた。荒れた肌がとても痛くて「いなばの白兎」のようだ!次第に体中が痒くなってきた。あまりにも寝心地が悪いのでソファーへ引き返す事にした。

再びソファーへ身を投げてしまった。空中で壊れていた事を思い出したけれども、もう遅い。体操選手のように身を翻したが、大した受身にはならずに「バキッ」と再び室内を響かせた。また違う箇所が折れたようだった。学習能力の無さにイライラしながら、その痛みを摩る。

一度寝てしまうと、いつ起きれるか分からないので、TVを付けたままにして置く事にした。しかし、電波状況から音声も酷くて雑音にしか聞こえない。今度はその音で眠れなくなった。

棚に並べられたビデオを取り出しビデオデッキの中に入れる。ビデオの内容はどれも、古いアダルトビデオばかりだった。多分、オーナーのオヤジが自分でダビングしたものに違いない!

テープをデッキへ挿入した瞬間「ガチャンガチャン・・バキバキッ・・・」大きな音を立た「ウイーン~ウイーン」とモターがとても苦しい音をたてている。一瞬、壊れるのではないかと思ったくらいだ。もし、テープが詰まっても知らん振りして帰ろうと思った。

片手にビデオのコントローラーを持ちながら、ソファーの背もたれ頭を預けた。全身伸びきった状態でうつろな目でTV画面を眺めていた。そのビデオは海賊版の裏ビデオ並みの画質で、見れた物ではなかった。

「何だ、この女優の髪型と服装は!」古いにも程がある!と思いつつも重い瞼を開けたり閉じたり、そのうち目が乾き一筋の涙が頬を伝った。「意味が分からん」さっきからどうも、やっている事と目的がチグハグしている。

眠れずにイライラしていたのもつかの間、いつの間にか深い眠りに入っていた。一瞬の出来事に「あっ!」と思って目を醒さますと随分寝てしまった様に思って時計を見ると、大して時間は経っていなかった。

体が重くて動けない・・・もう10分、もう5分と数回、寝たり起きたりを繰り返しているいちに4時間近くが経った。このままではいつまで経っても起きられなのでシャワーを浴び直し、強引に体を奮い起こした。

衣服類は総て生乾きだったけれども、それを着て部屋を後にした。「受付は何処だろう?」探していると、オーナが傘を差して外に出てきて 「こっちだ」と手招きをしていた。オーナーはこの敷地内に住んでいる様だった。受付口の横の曇りガラスの向こう側に、TVが透けて映っていた。そこから生活観が漂っていた。

 

料金は延長を含めて¥8000近く…「8000円!!!」軽食代を入れると¥10000-以上も払ったのだった。

仕方ない。体力は、多少なりとも回復した事、そして、数時間、雨風を凌げた事を考えれば「良いか」と思えたのだ。そんな意味でも、ホテルレインボーは大きな思い出の一つとなっている。

空は相変わらずの雨行きだったけれども、さっきより大分弱くなっている。乾かした服は、暫くの間、暖かさが暫く持続していた。

 

09

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ホテルレインボー(連載9)
どんなに頑張った所で、寒いことには変わらない。それに逆らえば、また笑いがこみ上げてくる。最悪な状態だった。「温かい、そばやうどんが食べたい」普段は思わないのに強く思った。海岸線には小さなドライブインのお土産屋やレストランが立ち並んでいるけれども、濡れた格好でも招き入れてくれる好都合な「立ち食いそば屋」なんてものは見当たらなかった。

「駅にあるような立ち食いそば屋は・・・」この辺りは観光地だと途中で気が付いた。凝りもせずに「最悪はレストランだな」と思いながら、道を進むと一軒のドライブインを発見した。しかし、そこはまだ営業が始まっていなかった。

そうこうしているうち、再び山間部へ突入してしまい、建物は一軒も見当たらなくなってしまった。両脇の丘に緑の景色が永遠と続く。綺麗なんだけれどもどうでも良い事だった。「なんて最悪な日なのだろう!」

さらに走り抜けると、再び海と建物が見えてきた。「そうだ ラブホテルだ!」「とにかく、この濡れて凍え切った状態から早く抜け出したい!」時々見かける建物を横目に「あっ」と思うけれども、どれも洒落た旅館ばかりだった。「千と千尋の神隠し」のように煙突から昇る湯けむりが恨めしくさえ思えた。

さっきも書いた様に、この辺りは観光地である。「ラブホテル」がある分けがない。「地元の奴は、どうしているのだろう?」「旅館と言う訳には行かないだろう!」「旅館じゃ値段が高すぎるし、不倫旅行みたいだ・・・!」どうでも良い事だったが、そんな事ばかりが頭を過ぎっていた。

そうこうしているうちに、また、建物が一軒も無くなってしまった。「こうなったら金額の問題ではない。」多少値段が張ったとしても「とにかく風呂に入りたい!」「旅館でもいい!」そう強く思った!

トンネルに入ると、雨の攻撃が治まり、その間だけは、暖かくて心地が良かった。雨が当たらないので顔も痛くない。滑る路面を気を付ければ、後はとても快適な場所だった。しかし、そう都合が良い物ではない。どのトンネルも距離が短くて、直ぐに雨風の強い吹きっ晒しの中へ放り出されてしまう。

次のトンネルが見えて来た!「今度ばかりは、長いトンネルでありますように!」そんな願いも儚く入る手前から出口が見えていた。しかし、そこを通り抜けた瞬間、ついに「モーテル」を発見したのだ!



思わず見過ごす所だった!トンネルと隣接しているすぐ左側にあるので少し行き過ぎたが、徐行。反対車線を横切ってバイクを旋回させて、勢いに任せてモーテルの入り口をくぐった!

「ホテルレインボー!」「レインボウ」とは名ばかりだ!一番手前の囲いの中の客室のを選び、玄関と隣接した駐車場にバイクを止めた。

部屋の入り口の戸はベニアで出来ているのだろうか?木が腐っている。建物は戸にかかわらず、全体が水色の原色のペンキで塗りたくってあった。老朽化を隠すために、趣味の悪い原色ペンキ塗っただけのホテルレインボー!

荷物をバイクに付けたままで部屋に入ると、今度はキナ臭い、カビの匂いが襲ってきた。しかし、今は贅沢を言っている場合ではない。

半畳も無い玄関でブーツを脱いで逆さまにすると、水がバシャバシャと音を立て落ちた。「こんなに水が入っていたんだ。」レインコートも脱いで部屋に上がると、左側半分がガラス張りの浴室になっていた。

部屋の入り口付近にはちょっとしたスペースがあり、ソファーとガラステーブル、小さな冷蔵庫、そして、VHSのビデオ数本が入った小さな棚、その横にこれまた小さな16インチのビデオ付きTVが設置されていた。さらにその横に軽食とコンドームの小型自動販売機がある。ここは、食べ物も衛生用具も区別が無いようだ。ベッドは奥に壁にくっ付く様に置かれていて、共に真っ赤な色をしていた。

「とにかく風呂だ!」しかし、浴槽を見て愕然とした。

風呂桶はコンクリートで作られた高さ5~60cm程の台に乗せられていていた。その上に野菜を洗う透明ボールのような物が浴槽なのだ!

とことん趣味の悪いモーテルだ!しかし、贅沢は言ってられない。透明ボールの浴槽にシャワーのノブを突っ込み、給水用の蛇口と共に栓を全開にしてお湯をためた。



玄関を入ると正面に、一人用の木製のサウナが作り付けてある。利用金額は、確か20分100円だったような記憶がある。自分のカバンの中と、部屋にあった、ありったけのハンガーを持ち出し、玄関のあちらこちらに濡れた衣服をつるして乾かす事にした。

洗面所から玄関までコード一杯にドライヤーを引っぱり、ブーツの中に突っ込む。やっと一段落付いた。これで暖かいお湯の溜まった風呂に入れる!

お湯は透明ボールの浴槽から、湯気を立てて溢れ出していた!換気扇がガラガラと煩く鳴り響いていたが、これも壊れているのか?広い浴室には白い湯煙が充満してとても見通しが悪くなっていた。

浴槽の乗せられた高台に上り、肩足を湯の中へ漬けたがすぐに引っ込めた。「ものすごく熱い!」極度に冷え過ぎているからだ。足をお湯の中に漬けたり引いたりを何度か繰り返しているうちに、徐々に熱さに慣れてきた。

両足で浴槽の中心に立つと、深さはふくらはぎ程度しかない。このホテルはバランスが悪い不便なものばかりを取り揃えている気がした。

これを書いていて気が付いた事がある!その不便な風呂は、ゆっくり浸かる為の物はなくて、体をくねらせて入る女性を外から見て楽しむものだったに違いない。

浅い透明ボールの中へ、少しずつ腰を落として湯船に沈んだ。体制を色々と工夫すると首までお湯に漬かる事ができる。しかし、ありえない格好をしている。上向きになったりうつ伏せになり、全身を暖めるのにとても苦労する。

お湯が派手に外に零れ落ちるのも気にせずに、シャワーのお湯は出しっぱなしで手に持っていた。30分もその中に浸かっていると、ようやく体が温まり始めた。途中でうたた寝をしながら1時間半はその中に入っていただろう!

このホテルの休憩の基本料金は最初の2時間までで、その後は延長料金となる。極度に眠くて、疲れ方もピークに達していた。「もう暫くはここに居よう」そう思いながら浴室に取り付けられていた時計を見上げた。


ホテルレインボー

08

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無人駅(連載8)
  
走行中、無意味に笑いが込み上げてきた時は、即、運転を中止する事にした。海岸線は障害物がない分、雨の攻撃も半端じゃなく強くなる。

やがて「日本最南端の町」と書かれたサインが見えてきた。「日本最南端」それ以上がないと思うと黄昏た気持ちになった。そこには「くじら博物館」と書かれたサインの横に、大きなくじらの模型が設置されている。しばし、道の分岐点で進行方向に迷った。サインには「太地/田辺・串本/」と2方向の矢印が記してあるけれども、その真ん中にも道があるように見えたのだ。矢印通りに、一番右方向の道を選んだ。

晴れていれば、この鯨の里にも立ち寄りたかったが、今はそんな余裕はなかった。「いつか来よう!」そう思いながらくじらを横目に道を先へと進んだ。

右手に小さな駅が見えて来た。その正面には観光案内図がある。今、自分がどの位置に居るのかを確認したかったので、停車する事にした。ちょうど、紀伊半島の最先端を大阪方面へ折り返す地点だった。そこは「JR太地」と言う駅だ。

  

駅前にバイクを止め、横の自動販売機でホットドリンクを買った。直ぐに開封しないで、まずは手を温めてから、耳や首筋などの凍えている部分に押し当ててみた。体の冷え切っている部分は、缶の熱が伝わるのに時間がかかる。後からジュワッと熱さが伝わってくるので火傷しそうな勢いだ。「しかし、田舎の自動販売機はどうしてこんなにも、缶が熱いのだろう?」いつもそんな事を思う。

駅の中に入って行くと人の気配は全くなかった。ここは無人駅だ。むしろ誰も居なくて好都合だったのかもしれない。この濡れ方では、他の人に迷惑を掛けるのと目立ってしまうのであまり人には会いたくなかった。「ここで暫く雨宿りをしよう。」 

改札を通り抜けてホームに出ると、そこは単線だったような気がする。あまり覚えていない。線路を挟んで向こう側は丘になっていて、そこは緑の木々で覆われていた。壁に貼ってある時刻表を見ると汽車は1時間に一本走るか走らないかの本数だった。そこは、小さな虫や鳥の声、雨が葉に当たる音が微かに聞こえているだだった。とても静かな駅である。

寒さで、関節や足のつま先が痛かったので、何処かへ座りたいと思い、引き返すと、衣服から滴った水で自分の歩いたコースが一目瞭然だった。泥棒だったら即、捕まるだろう!

どこを探してもベンチは見当らなかった。仕方なく駅の入り口の階段に腰を降ろしてジュースのフタを開けた。「カチッ」と高い音が辺りに鳴り響いた。さっきまで熱かった缶は既に生温くなっていた。ここに居座ってしまうといつまでもそこに居そうだったので、15分ほどでその場を後にした。


JR太地駅(無人駅)

07

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嵐/冒険もほどほどに(連載7)
海岸線に出たり山間部に出たりの道のりだった。
少しずつでも良いから前に進もう。5分走って10分休む。10分走って5分休む。何度これを繰り返した事だろう。気の遠くなるような進行だった。時折、雨が弱まるとホッとした。究極を味わうと、それ以下には動じなくなるものだ。「こんな所で鍛えてどうするんだ!」と、もう一人の自分が冷静になって見つめていた。

手がかじかんでブレーキやクラッチの操作が困難になったので、グローブを絞った。グローブは滅多に洗わないからオイル交じりの茶色く汚れた水が滴り落ちる。「すごく汚い」絞ったグローブをマフラーに置くと「ジューッ」と音がして白い水蒸気がモクモクと上る。革と土とゴム製品が同時に焼けたような独特な匂いが辺りに漂う。

そうやって暖めたグローブは、着けると心地が良くて そこに、優しさのような物を感じる。しかし、それもつかの間、数秒後には冷たさが舞い戻ってきた。

0℃に近い気温と冷たい風、そしてドシャ振りの大雨と足取りの悪い道。総ての最悪が重なり、普段より数倍の力でハンドルを握っていた。次第に肩と首が究極に凝りはじめて、そこから刺すような痛みを感じ始めた。

寒さに震えだすとそれは止まらない。しかし、気持ちのコントロールでどうにでもなる事を思い出した。これはセカンドウインドウやランニングハイによく似ている。限界を越えはじめると、最初は総ての感覚が鈍くなる。次に体全体が不思議な幕に包まれたように狭い場所へ入ったような感覚の中、ある感覚だけが妙に敏感になる。やがて意味不明な笑いが込み上げ嬉しくなってくるものだ。

顔には絶えず笑みが浮んでいる事にもう一人の自分が気が付いている。多分、人はこの箍(たが)が外れてしまった時に暴走するのだろう。そんな気がした。暴走を始めると何処に突っ込もうが、何をしようが無敵になった気分になってしまう。もう一人の自分がそれを抑制しようとしてコントロールを始める。人間はそのどっちが勝つか負けるかで明暗が決まるような気がした。



数十メートルからジャンプと言ったような究極なスタントを経験した事はないけれども、以前、スタントシーンを演じる時に、必ず起こっていた現象がある。それは自分が2人以上居る感覚になる事だった。

例えば、セットの中で爆発する階段を落ちて行くシーンを例にとると、火薬をこまめに数十ヶ所仕掛け、派手に破壊される仕掛けの大道具類と、そこで数十本のスモークを炊く。これらの準備に多大な人数と時間が掛かけるのである。だから1発でOKを出さなければならない。その時は、極度なまでに集中して、いつでも自分を興奮状態に突入させれられるように興奮と冷静をキープする。

すると、監督のスタートが掛かった瞬間、幽体離脱のような現象が必ず始まるのだ。

カメラの横、もしくはその上空から撮影全体が引いた感じで見渡せて、何もかもがゆっくり見えて来る。何をどう撮影したのかや、今、何が起こっているのか、カメラの動きも総て捉えているのだ。

究極な時は、カメラ後ろにいるスタッフが、ペンを足元に落として拾い上げたとしたら、そんな些細な動作までも克明に頭の中に残っている。

だから何をどう撮影したのかは、ラッシュフィルムを見前に分っている事が多い。他のスタントマンにもこの事を聞いてみると、同じ体験をしている人が多かった。誰しも他の場所から自分を見ているような話し方をする。

話は旅に戻り、私生活の中で「何故にこんなにも究極な困難に立ち向かわなければならないのか?」しかも、これは、一度や二度の出来事ではない。「もっと楽な生き方や方法もある。」いつも身に降りかかる困難が度を越している様な気がする。

思い出せば、上海のイベントで10万人規模の大暴動に巻き込まれた事がある。これを話し出すと長くなるのでここでは書くのは止めておこう。おそらく、行き当たりばったりを楽しむ、「計画的に無計画」な性格が引き起こす物なのだろうか?それと「意地っ張りで負けず嫌い!」この2つ祟って、こんな事態を呼び込んでいるいるような気がしてならない。

もっと余裕があって、むしろ楽しんでいたかのように話せる程度の困難の方が良いに決まっている。他人から「そんな大げさな!」と笑いを取る程度で丁度いいのだ。

究極な難関突破の回数が多い事は大きな経験にはなるが、普通の生活をしている限りでは役に立つ物が少ない。むしろアドベンチャー的な人生は恥ずかしい事にも思える。

何故ならばこれらは自らが引き起こしている場合が多いからだ。「危険をあらかじめ回避出来る頭の良さを持った方がよほど偉い!」と最近は思える。「あらかじめの危険回避」それは生きる為の知恵だ。

「やってみたい」「見てみたい」と言う傲慢な野心が、自分をそちらの方向へ導いていたのだろう。しかしこれは究極の野心家ではなく究極のマゾヒズムだとも言えかもしれない。そこが微妙だ!

結論、野心がない事は平凡過ぎてつまらないけれども、ありすぎるのも問題である。今後は、その中間を取れたバランスで行こう。今、流行の「チョイ悪」の「ちょい」って所が一番いいのかもしれない。

鯨の里/串本

06

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ガソリンスタンド(連載5)
数百メートルも走ると海岸線は見えなくなり、民家が立ち並ぶ住宅街へ突入した。「この道は本当にあっているのだろうか?」不安が過ぎるほどに、港町のイメージとは掛け離れた風景の中走っていた。知らない土地を走る事は意外と難しいものである。

    

雨がさらに強くなってきた。バイクのメーターを見るとオイルランプが黄色く点灯している。「まずは給油をしないといけない。」大きな国道に出てガソリンスタンドを探す事にしよう。

小さいけれども道のポイント、ポイントに国道42号線を指すサインが設置されていた。迷路のように 矢印の従って進んで行くと、やがて大きなT字路に出た。そこで信号が赤になった。左方向100m位の所に一軒のガソリンスタンドを発見。その辺りはとても霧が濃く山間部の入り口のように思えた。



ガソリンスタンドへ着くと人の気配が無かった。入口から中へ向かって「こんにちは」と声を掛けても全く反応がない。「大丈夫かな…?」一旦外に出て建物の裏の方へ行き 再び声を掛けてみた。すると薄汚れたブルーの作業着を着た50歳前半あたりの細身のおじさんが 灯油缶片手に「おーっ、いらっしゃい」と姿を現した。寝起きなのか?髪の毛はボサボサで、目も少し腫ぼったく眠たそうな気配がある。しかし、とても親切な対応をしてくれる人であった。

給油をしてもらっている間に、カバンから地図を取り出し、海南市までの最短距離を再検討した。すると給油中のおじさんは「中に入って見たらいい」と促してくれた。

部屋の中に入ると、おじさんの母親と思われる背の低が低くて70歳くらいと思われるおばあちゃんが出てきて「おはよう、いらっしゃい」と声を掛けてきてストーブに火を付けた。「今日は寒いね、何処から来たの?」建物の中にストーブの火の匂いが漂った。懐かしい田舎の匂いだった。 

地図で調べるとルートは2つ。一つは「山道を進んでゆくルート」「もう一つは紀伊半島に沿って海岸線を走り続けるルート」だ。おおよのそ距離を測ると 山間部を走ったほうが近いように思えた。

給油を終えたおじさんが中に入って来るなりレジを打ち始めた。目的地までのルートについて聞いてみると「見せて!」と地図を覗き込んできた。「うーん」と考え込む。

「確かに山間部を通ったほうが近いかもしれないけれども・・・サインを見落としたら、とんでもないところへ行ってしまうから 海岸線を走った方が良いかもしれないなぁ~」と言う。所々の分岐点を教えてくれようとメモ用紙とペンを探したが見つからず。その分岐点は地元の人ぞ知る場所で、地図には載っていないようだ。

そうこうしていると、横からおばあちゃんも同じアドバイスをしてくれた。「もし何かで困っても海岸線を行けば店が沢山あるし 人も多いから、そちらを選んだほうが良い!」と教えてくれた。地元の人の言う事を聞いた方が正しい!軽くお礼を言い終わり、暖かいスタンドを後にした。教えてもらった通り海岸線方向を走る事にした。



これでもか!と言う程に雨が強くなってきた。5分も走るとレインコートの中やブーツの中に雨水が浸入して来て、ブレーキを足で踏む度に車体が音を立て始めた。グローブから地面へ向かって「ボタボタ」と大量の水が滴っている。

顔に雨をまともに受けるとかなり痛い。視界が悪くなったので、顔の角度を変えない。信号が赤になる度にホッとした。やがて、時速20kmも出せないほど大降りになってしまった。大雨ではなくて これは「嵐」だ。

腕時計の雫を拭いながら文字盤を見ると、スタートしてから、まだ20分程しか経っていない。思う程、前に進んでいない事が分かる。この先、気が遠くなる様な距離が残っている。既に少しばかりか弱気になっていた。

晴れていたら海南市までは3~4時間。この雨ではそんな時間で辿り着ける訳がない。後に計算して見ると那智勝浦から海南市の距離は約200Km弱だった。「3~4時間」ばかりが頭にあり、すっかり距離の計算をしていなかった。

ガソリンスタンドで暖まった 温もりは既に消えていた。2車線の狭い道路は、長い間、舗装されていないのであろう。路側は起伏が激しくてとても走り憎く、所々でタイヤを取られた。とにかく事故を起こさない事だけを念頭にゆっくりと走り続けた。

目的を達成する為の第一条件として、スキルや才能は当然ながら、常に自分の状態を一定に保つ事がとても重要である。そして 人との約束を必ず守る事。これが夢を掴む為の最低条件であり、してはいけない事が一つある。それは事故を起こしたり命を落としてしまう事だ。例え命に別状が無い事故だとしても、信用を失うものである。その時は回りから同情してもらえるかもしれないけれども、後から圧しかかってくる代償は大きい。才能とは、それらを含めた総ての事を言うのだ!そんな事を考え始めた。

雨水レインコートの隙間から浸透して、既にレインコートを着ていても着ていなくても同じだ。



バイクを走らせると 強い風に晒されるので体温が奪われて行く事がよくわかる。真冬の長距離走行は、体力勝負だ!

そこで、15分走ったら休憩する予定が、5~10分と縮まり 最終的には1~2分で停車するようになってしまった。とにかく寒い。既に限界を感じ始めた。

こう言う時に限って、体を休める格好の場所が見つからないものである!

05

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再出発 /スタート地点に立つ!(連載4)
荷物を持って、中央のロビーへ行くと、天井に設置されたスピーカーから到着先のインフォメーションが流れ始めた。「おはよ・・ござ・・います・・・」相変わらず途切れ途切れの聞き取りにくい放送だった。「ここで下船する人はあまり居ないだろう。」ロビーにいる客は少なかった。窓の外を眺めると、岩場や陸地が見えた、しかし、空が濃いねずみ色に変色している。「もしかして雨が降るかもしれない。」さっき迄、力強く照らしていた太陽が何処にも見当たらなかった。再度インフォメーションが流れ始めると、螺旋階段を降り 地下の駐車場へと向かった。

バイクは床のアンカーとロープでしっかりと固定されてある。担いでいたカバンを降ろし、中から大きな黒いゴミ袋と、荷物をバイクに固定させる為に用意してあった網を取だした。ゴミ袋でカバンを包むと、後部座席にしっかりと括りつけた。大きなゴミ袋は、雨避けの為にバイク乗りには必需品なのだ。

「準備はOK。」レインコートをいつでも取り出せる様に、網の隙間に挟みこみ、グローブと、ヘルメット、サングラスを装着した。

船が岸へ付く為に旋回してい事は 船の揺れ方で分かる。やがて、壁が割れ、その隙間から光が差し込んできた。船内にいると外の光がとても眩しく感じられる。

駐車場は客室とは違いとても粗雑な作りで まるで大きな工場の倉庫のようだった。鉄骨がむき出しで、天井には蛍光灯が等間隔に設置されている。壁は排気ガスで煤け黒く汚れている。その汚れ方から、船の年季具合が伺えた。

地下駐車場の難点は、排ガスが充満している事だった。その匂いを嗅いでいたせいで少し気分が悪くなった。スロープの壁が地面へ降りようとしている。外から冷んやりとした空気が入って来て、一瞬気持ち良くも感じられたが、今度はディーゼルエンジンの排気ガスと煙が一揆に舞い込んできた。「早くここから外に出たい!」そう思った。



「ゴーン」と大きな音が響き、船が港に停船した事がわかった。すると、駐車場の係員がやって来てバイクを固定してあるロープを素早く解いてくれた。半開きになっているスロープは一気に大きく口を開ける。大きな出入り口の向うに 殺伐とした港が見えた。

バイクのエンジンを掛け 一気に外へ出た!船から50m程はなれた所で一旦停車をした。一晩じゅう、揺れていたので陸地に足を付けるとフワフワとした違和感が残り、まるでスポンジの上に立っているようだった。おまけに船室の独特な匂いが衣服に染込んでとても臭い。

それにしても、外の空気が冷た過ぎる。空は一面、異様な程に灰色だった。「ポツッ」と空から一雫、それがダウンジャケットに当たってはじけた。「ここから新しい人生が始まる!」そう思い気を取り直した。しかし、那智勝浦港は、想像以上に殺風景な場所で 地上の果てに来てしまったような気分にもなった。その時は、そう感じたのだった。



やがて雨が強くなり始めようとしていた。「止むまで、しばらくチケットカウンターで雨宿りをしよう」建物のある方向へ向かってバイクを走らせると そこは人気がなく、営業している様子が全く伺えなかった。さびれて朽ち果てた建物の様にも思えた。遠くを見ると 乗っていた船が遠ざかり、遥か沖のほうに小さく見えていた。

「やじゃり、このまま一気に走ろう!」用意してあった雨具を着ると、バイクを勢い良く発進させた。建物の周りを遠巻きに半周走ってみたけれども港からの出口が分からずに戸惑った。そして、来た方向へ逆戻りしてみると、地面には 磨り減った文字で「国道」と書かれた矢印が記されていた。そして矢印のその先には、ペンキで「R-42」と書かれてあっる。

「この矢印をスタート地点にしよう。人生の再スタート地点だ!」気持ちをリセットすると、アクセル開き目的地の海南市へ向かって走り出した。

04

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フェリー2(掲載3)
特別深い眠りでも無く目が醒めるまでは 一瞬の出来事だった。
起き上がろうとすると、体がだるくて やや、首に痛みが走った。
「おそらく 寝方が 悪かったからであろう。」
おまけに船内の強い暖房の効き過ぎで 鼻や喉も極度に乾いていた。

船内で夜を明かすのは、これで2度目だった
最初は、高校生時代の修学旅行の時。
その時、「何処でどうやって寝てたのか?」を全く覚えていない。
思い出と言えば、明け方、友人と3人で 
朝焼けに照らされたデッキに出て 写真を撮った事ぐらいだ。

暫く天井をボンヤリ 眺めてボーっとしていたが、風呂に入る事を思い出し 起き上がった。
さっき、寝てしまう前に 枕元に用意していた 洗面用具を持ち、
財布から 数百円の小銭を取り出して 部屋を出た。

出て すぐのところにある自動販売機で 冷たいドリンクを2本買うと、
一本を その場で一気に飲み干した。
冷たくて 甘いレモンの味が、胃の中へ届く前に 総て 吸収されて行くようだった。
余程、喉と体が 渇いていたのだろう。



階段を降りると すぐの所に浴室がある
巷の銭湯と比べると 
浴室の天井は低くてとても狭かったが 15人程度は収容できる広さはあった。

水蒸気で白く曇り 見通しがとても悪かった。
天井に備え付けられた蛍光灯と、壁に設置された 
オレンジ色のライトが、ぼんやりと光を放っている。
視覚的には、オレンジ色のライトほうが印象深い。

明け方だと言うのに、4~5人の客が既に入っていた。

入って正面の壁際に、浴槽があり、
そこではお湯が、船の揺れと同調して、左右に大きく揺れていた。
まるで、小さな金魚バチを揺さぶっているように見えた。

湯船の壁かには、丸い小窓がいくつか設置されていて、外が展望できる。
ほとんどの客が、そこのガラス窓の曇りを手で拭うと、顔をくっ付けて外の景色を眺めていた。
「そろそろ 夜が明ける!」空はまだ 全体が 濃い藍色だったけれども、
遥か彼方の水平線の辺りは、ピンク色の 筋模様が 出来始めていた。
「日の出を見たい!」そう思い 10分足らずで 浴室を後にした。


外に出ると、さっきよりも 空が明るくなっていた。
水平線は白・黄色・ブルーに混じり、オレンジ色がはっきりとしてきている。
昨晩の 強風から開放され、心地よく ヒンヤリとした冷たい風が、濡れた髪を 乾かし始めた。

フェンス際からは 海の様子が一望できる。
昨晩は 気が付かなかったけれども、海には 大型のタンカーや清掃用の船、
割と小規模な運搬船と、思った以上に 沢山走っていた。
その様子は、トラックと乗用車が 行きかう 朝の高速道路に よく似ている。

ところで、海面から デッキの最上階までの高さを ビルの高さに 置き換えてみると、
おおよそ 4・5階(12m~15m)以上はあるだろう。


太陽が海面に覗く直前、空の半分が 藍色とピンク色、
そして、下半分がオレンジ色に染まり、その合間に 黄色が混ざる。
藍色が 次第に薄れてくると、そこは、淡い青と 白に変わる。

太陽が 顔を覗かせて昇り始めると、その中心が強くて眩しい白、
周りの空が 白く輝き、序々に 濃い黄色と オレンジ色に 変わる。

「海上の 渡り鳥達は、一時も休まずに 夜通し飛び続けているのだろうか?…きっとそうだろう!…もしも、途中で 力尽きて海に落ちてしまったら 瞬く間に魚や 他の天敵の 餌食になってしまうのだろう。」
そんな事を 改めて 考えているうちに、太陽の片隅が 力強く 顔を覗かせた!
眩しくて、思わず 目を細めた。新しい 1日が始まる!

太陽を 直視しようと、目元に手をかざすと 海面からモヤモヤとした陽炎が見えた。
「太陽が昇ると、暖かい。」分かり切っていても、毎度この瞬間 同じ事を感じる。

「今日1日、良い事がありそう!」 
その良い事とは、漠然として 特に具体的ではなかったけれども、
心の底から 湧き上がるような 期待感が 胸の中で 毎度 起こるものだ。

以前、泥酔しながら 夜の街を徘徊していた時 
最初は 思い出探しだったが 月を探す為へと 目的が変わって行った。
「月を 長時間 眺めると そこから 強いエネルギーが貰える!」
友人から そう聞いたからだった。

太陽と月の関係は、地球を挟んで 追いかけたり追い抜いたりする。
神話では、太陽が いくら追いかけても 逃げてしまう月を、
「女性」と例えている 物もある。

もう少しで、最初の目的地「那智勝浦港」へ到着する。
船室に戻り、荷物を一つにまとめた。

03

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フェリー1(連載2)

なかなか眠りに付く事が出来なかったので
タバコを吸おうと思い 再びデッキへと向かった。

相変わらず 冷たい風が強く吹き付けて来た。気を抜くと 体ごと飛ばされてしまいそうだ。

そこへ、1組のカップルが 手を繋いでやって来たが、
一歩 外に踏み出した瞬間、諦めて 船内へ戻ってしまった。
この風の強さでは ロマンチックどころでは なかったようだ。

タバコに 火を付けようとしても、ライターの火は かき消されてしまう。
何度も移動を繰り返し、風の当たらない場所を探した。

フェリーのデキッは
3階まであり、滑り止めの為に 人工芝が一面に敷かれていた。
所々が磨り減り コンクリートが むき出しになっている。
出入り口付近には ベンチがあり、床にボルトで 頑丈に固定されていた。
その頭上から 傘の付いた 薄暗い蛍光灯で 照らされていた。
何処となく、病院の喫煙所 のようだ。

デッキの最上階は、見晴らしが良い分、 吹き飛んでくる 海水の量も半端ではない。
空から 滝のような水しぶきが、床一面に 音を立てて 叩きつけられ
所々、深い水溜りを 作りだしていた。

スリッパのままで来た人達は、必ずその餌食となる。
濡れた方の 足のつま先を上げ、かかとで歩き 戻って行く。
その仕草は 誰もが同じで、それを見る度に 笑える。

比較的 風の弱い 階段の途中に 腰を降ろし、ライターを両手で囲いながら タバコに火を点ける。
しかし、タバコの火種はすぐに、フィルターの根元で来てしまった。
短くなったタバコを消すと、もう1本箱から取り出した。
そうこうしているうちに、すっかり体が冷え切ってしまったので、風呂に入る事にした。

ロビーに戻ると
さっき迄にぎやかに騒いでいた学生達も一人もいない。
壁に掛かっていた時計を見ると、既に1:00am時を回っている。
きっとみんな疲れて寝てしまったのだろう。
時間がとても早く感じられた。東京を出たのは、もう昨日の出来事になる。
「今は 海のどの辺りにいるのだろう?」

ベッドに戻り 洗面用具を取り出したものの、寝転んでしまったのが最後、
そこから先の記憶が暫くない。3時間ほど熟睡してしまったようだ。

出発の数日前、目的地までのルートについて、色々調べてみた。
一つは、お台場から出発して和歌山県の那智勝浦の到着時刻は朝の6:00am。
そこからバイクで 海岸沿いを走るコース。
もう一つは、四国まで行き13:00pm代の 別な船に乗り継ぎ 大阪港まで行く。
大阪港から 海南市までは 約1時間半ほどなので、
到着予定時刻は おおよそ14:00pm~15:00pmくらいと 計算していた。

那智勝浦での下船を選んだのは、目的地まで、少しでも早く着きたかったからで、
四国へ渡るコースよりも 4時間ほど 早く到着できる 計算だった。

「晴れていれば、那智勝浦から海南市まで、車で3~4時間!」
その助言を 鵜呑みにしていた事で、あとあと大変な事になった! 
3~4時間とは、車でゆっくり走った時の 白浜⇔海南間の距離に当たる。


02

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2000さようなら東京(連載1)
2000年2月5日の夕方
東急東横線学芸大学駅前の食道で、最後の夕食を終えた。
ついに、旅立つ時が来た。
この街に住んで、4年程経っただろうか?
様々な想い出が 頭の中を駆け巡る。

長い間、地獄を見続けていたようだった。
1前年前の10月、何日も、浴びるように酒を飲み、
深く深く考え込みながら 毎晩 深夜の街を徘徊していた。

ある日、そんな自分の姿が 惨めに見えて 笑い転げた碑文谷公園。
「このまま、ここの場所に しがみついていても仕方がない!」
「このままじゃ終われない!」
そう思った事が、目を醒ますきっかけとなる。

そして、今迄の 総てを捨てる決意をした。
「そうだ 東京を捨てよう!」

その晩は、月がとても大きい夜だった。


月を見ると エネルギーが貰える
友人から聞いた この言葉は、満更迷信でもなかった。

旅立つ決心をしてから1ヶ月弱
最初は吹っ切れて良かったが 次第に 不安や葛藤と戦うハメになった。
その時間は 長くも短くも感じられる。
「負けてたまるか!」

行く先は
和歌山県の海南市である。
まず 那智勝浦港まで船で行き、紀伊半島を バイクで約半周 走る。
目的地は 海南市の「マリーナシティー ポルトヨーロッパ」

スタント!
遊園地に常設されたセットで行われている スタントショーに出演する事になった。

数年前に 後輩が 撮影中の事故で亡くなった。

その現場に 自分は居なかった。
彼を 見た時は 病院のベットの上で 静かに寝ていた。
その時は まだ生きていたのに…。

「二度とやるまい」と決めていた 封印を 解く事にした。
それは 自分の 人生だからだ。

今度いつ、この場所へ戻ってくるかは分らない
目の前の高架を 勢いよく、列車が通過して行った。
バイクの後部シートに、大きなカバン一つくくりつけ、お台場の港へ向う。
19:50pmに出発するフェリー「くろしお」(現在は廃止船)に乗るためだった。

バイクを走らせながら、見慣れた街並みを 目に焼き付けていた。
しかし、もう一人の自分が「もういい」と記憶の中から 総てを消し去ろうともしていた。



港に到着した。
出発した時に 明るかった空は
港に到着する頃には、暗くなっていた。

大きく開かれた 船の入り口から 船内の駐車場に入り、バイクを停車させる。
乗船すると、すぐに 大きな入口が締まり、
船底から「ゴゴゴ」と大きな音を立てて 旋回が始まった。
腕時計を見ると19:50分、定刻どおりの出発だ。
ここまでの一連は 妙に 慌しかった。

地下駐車場から、他人とすれ違うには、
やや困難な狭い螺旋階段を、大きく左右に揺られながら3周ほど登り
ようやく広いロビーに出る事が出来た。

そこでは、古いラジオのような聞き取りにくい船内放送が「プツプツ」
途切れ途切れに「今後の行き先と到着時刻、乗船での注意事項」などが
日本語と英語で 淡々と告げられていた。
しかし、特にそれを聞く必要はなかった。

持ち物は、バイクと大きな大きなカバン一つだけ
数日前、わずかな家財道具を トラックで 和歌山へ運んであった。
それ以外の荷物は、想い出と一緒に 総てゴミ置き場へ捨てた。
「それでいい。」



寝台席の2段目に、カバンを放リ投げ カーテンを閉めると、急いでデッキへ向った。
最後の東京の街を 見る為だった。

デッキへ辿り着くと遠くに灯る東京のネオンは、すでに小さく
瞬く間に 暗闇へ消えて行った。
「ついに 東京を捨ててしまった…。」

凍えてしまう程の冷たい風が、強く吹き付けている。
それが 暗闇を手探りで進む 不安定な気持ちを 助長させていた。

「もう戻る事はできない、帰る場所もない・・・」諦めるしかなかった。
「先に進めばどうにかなる」
走馬灯のように 頭の中を駆け巡る思い出を、
別な事を考えて 忘れ様と努力していた。



船室に戻ると、売店はのシャッターは 全部 閉まっていた。
そこで、壁際に設置してある自動販売機で 焼きおにぎりとホットドリンクを買った。
辺りに並べてある テーブルと椅子 その中の一つの椅子に 腰掛けた。

修学旅行であろう、中高生くらいの外国人の女の子達が大騒ぎ。
人数で、キャッキャと 楽しそうにはしゃいでいる。
自分が高校生の時、修学旅行で 大阪港から広島へ渡った時の事を思い出した。

携帯電話をポケットから取り出すと 圏外になっていた。
「もう、誰とも 連絡を取る事が出来ない。」
やがて、連絡を取りたいと思う相手の記憶も 少しづつ薄らいで行った。

食事を終え 席を立ち、船内の丸い窓ガラスへ向かった。
そこから外を眺めようとしても 船内の蛍光灯が反射して 
室内が映るばかりだった。仕方ないので 客室へ戻る事にした。

部屋には、4人分のベッドが 両脇に2つずつ 上下に仕切られていた。
その部屋の宿泊客は、反対側の下段にいる人と 自分だけだ。
その人は 乗船して直に寝てしまったのだろう。
カーテン越しに「スースー」と 微かないびきがが聞こえていた。

ベッドに据付られた 短いハシゴを よじ上ると 寝転んだ体制で カーテンを閉めた。
ベッドには 硬く糊付けされた白いシーツ、カバーに包まれた 薄い敷布団
そして、掛け毛布が一枚ずつ、籾殻(もみがら)が詰まった枕が 
一番上に 丁寧に積み重ねられてあった。

天井に向かって手を伸ばすと 触れる事が出来る低さだった。
暫く、天井の水色の模様を 眺めていた。なかなか眠くなってはこない。

また、頭の中で 今までの思い出が 
走馬灯のように グルグルと めぐり始めてきた。

やがて 客室の電気が落ち、室内が薄暗くなった。

01

Category: コラム

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