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オレンジ色の夕日(最終話)


サービスエリアを出た辺りから、急に交通量が多くなってきた。そして長い長いトンネルへと入って行った。

トンネルは雨風が凌げるので、暖かくて走りも快調になるはずだった・・・が、今度は排気ガスの充満で、序々に息苦しくなってきた。

所々で、数台の車が固まって停車している。路側帯と狭い車の隙間を縫う様に前進した。バイクのハンドルの幅は1mあるので、横の車に接触しないようにとても気を使った。

渋滞が一時的に解消される場所では、周りの車とスピードをあわせなければならない。この調子で「急ブレーキを掛けたら、間違いなく転倒するだろう。そう考えながら、何が起きても確実に止まれるように有効な車間距離を常にキープしていた。



予感は当たった。先方の車の群れが、一斉に急ブレーキを掛け始めた。

薄暗いオレンジ灯のトンネルは、車の群のテールランプで真っ赤に染まった。即座に何度も分けてブレーキ操作した。狙った停車位置を少しオーバーしたけれども、前方の車2m程手前で停車した。

そこから先は大渋滞。どの車も全く動かなくなった。「きっと、前方で事故が起こったのだろう!」もし「そうだとしたら、手伝わなければならない。」そう思いながら路側帯を使ってさらに前へ進むと、すぐにトンネルの出口が見えてきた。見渡す限りは何処にも事故が起こった様子がなかったのでホッとした。

トンネルを抜けると序々に渋滞は解消され快適な走りに戻った。雨は完全に上がっている。「今日1日、こんな天候だったら良かったのに!」そう思った。「やっと、着く!」「海南インター出口」のサインが目に飛び込んできた。サービスエリアを出てからここ迄、約15分程度。渋滞が無ければもっと早かったに違いない。



道なりに大きくグルッと弧を描きながら進むと、やがて出口の料金所へと辿り着いた。そこのおじさんは、ズブ濡れになった姿を見て、笑いながら「大変だったね、何処から来たんだ?」と話し掛けて来た。

おじさんの質問に答えながらレインコートを捲り上げ、チケットを取り出そうとしたが、何処にも見当たらなかった!ポケットじゅうあちらこちらと捜していると、後ろに車数台が並んでしまった。仕方なく、始点の御坊インターから乗った事を伝えると「いいよ、いいよ!」と笑顔で答えてくれた。

結局チケットはジーパンのポケットの底から、丸まって小さなダンゴ状になって出てきた。それを広げて1枚にする事はもう出来ない。料金所のおじさんはさらに笑っいながら、その濡れた「紙ダンゴ」受け取ってくれた。

料金を払っていると、前の方から50歳代のお母さんがタカタカと走ってやって来くる。何事かと思ったら「貴方が連絡してくれたんだ、ありがとう!」と笑いながら話し掛けて来た。何の事だかさっぱり分からなかったので聞き直すと、どうやらトンネルの中で車が壁にぶつかった人だと言う事が分った。そのおばさんがどこも怪我をしていなかったので一安心。

おばさんと一緒に壊れた車を見に行くと、左前がかなり潰れていて、もう少しでフェンダーとタイヤがくっ付きそうになっていた。しかし、ハンドルを切っても5cm程の隙間があったので、修理工場まで走るのには問題はなさそうだった。

そうこうして、15分くらいは立ち話をしていただろう。東京と違って、あちらこちらで話しかけられる、そんな関西の土地柄がとても好きになれた。

 

料金所を出て直進した後は、突き当りを左に曲がる。コの字型に進めば8階建ての黄色い壁の寮が目印になる。今日から、そこが自分の家になるのだ。

寮は、東京の部屋のように広くはないけれども、住み心地はとても良さそうだった。2週間ほど前に一度、荷物を運びにここへ来ていた。

その時、部屋にダンボールを積み重ねたままだったので、まずはそれを方付けないとならない。寮の駐車場に着くとバイクのエンジンを切ってヘルメットを脱いだ。正面の空を見上げると空にはオレンジ色の夕日が力強く輝いていた。やっと晴れた!

そのまま表へ回り、寮長に挨拶をすませると3階の部屋の入り口まで案内してもらった。「もう風呂に入れるよ」と言うので、部屋に荷物を置き、すぐに2階の大浴場へ向かった。

一番風呂だった!部屋に風呂がない生活なんて今まで考えられなかったけれども、そうでもなさそうだ。誰もいない大浴場の浴槽へ深く沈み思いっきり足を伸ばしてみた。冷えた体が心底温まる。天井近くにある細長い曇り窓ガラスから、濃いオレンジ色の夕日が強く差し込んでいた。何か良い事がありそうな気がした!その予感は当たっていたのだ!

それから半年間、和歌山の生活はどれもが鮮明に深い思い出となって残るっている。決して、良い事ばかりとは言えなかったけれども、もし、もう一度過去に戻れるとするならば、この半年間を選ぶだろう。もう一度この半年間をやってみたい。

その年の夏に差し掛かる頃、そこの契約が終わった。そしてまた、荒波に放り出され、何の当てもなく大阪へ向かった。目標はUSJに合格する事のみだった。

お陰さまで、翌年の2月にUSJに入る事が出来た。ここでも良い事も悪い事も色々経験出来た4年間だった。ここの契約を終わらせて1年間ロスアンゼルスで生活をして、そして現在東京へ戻った。また振り出しに戻ったような気がする。しかし、これでいい!また新しい人生を作り出すだけだ!



(あとがき)この後も、機会があったら、いつの日か書いてみようと思います。

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